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SIDE天職

エム・ディレクションに関係の深い
最高にかっこいい“天職者”との対談をお届け致します。
憧れの仕事に就く。そしてその仕事が“天職”となる。
そんな幸せな人がこの世にどれくらいいるのでしょうか?

MD応援企画第2弾“天職”では、毎月1回、最高にかっこいい“天職者”との対談をお届けします。
バリバリのビジネスマンはもちろん、転職や就職を考える若者にも読んで頂きたい。
日本には、かっこいい“天職者”がたくさんいます!

Vol.1


テレビ業界の皆さん!
阿部さんをドラマ化したら、絶対当たりますよ!

  阿部 佳 Kay Abe
グランド ハイアット 東京 コンシェルジュ

1982- 株式会社パルコ 営業本部営業事務局
1983- 財団法人幼児開発協会 企画室
 
1992- ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル コンシェルジュ
 
1995- レ・クレドール 国際正会員
1998- レ・クレドール ジャパン プレジデント
 
2002- グランド ハイアット 東京 チーフコンシェルジュ
 
2011- レ・クレドール ジャパン 名誉会員
2014- レ・クレドール インターナショナル 名誉会員

おじいちゃんコンシェルジュ、パルコの増田さん、ソニーの井深さん・・・
素晴らしい出会いを強烈に引き寄せてしまう
阿部さんのミエナイチカラ

 MD宮崎

“ホテルコンシェルジュ”には、昔から憧れていたんですか?

 阿部

中学1年生の時に、父親の出張先に付いて行ったヨーロッパで、たまたま“コンシェルジュ”という職業があることを知りました。その時、とっても品のあるおじいちゃん“コンシェルジュ”に出会い、毎日の会話の中で、行きたいところ、食べたいものをビシビシ当てられてしまい、人の心を読み取ってしまう、おもしろい仕事!と、子どもながらに驚きました。

 MD宮崎

阿部さんはず~っと“コンシェルジュ”を仕事にしてきたのですか?

 阿部

私の大学時代、日本にはまだ“コンシェルジュ”という職業はもちろん、その言葉すら認知されていませんでしたので、まずはホテルに入ろうと就職活動しました。内定まで頂いていたんですが、とあるホテルの人事の方に“コンシェルジュ”志望であることを伝えると、他業種を経験してくることを勧められました。 「あと10年経ったら、日本にも“コンシェルジュ”が出てきているかもしれない。」そんな言葉をかけられたことを覚えいます。

まず最初に『パルコ』に入り、まだ何もない渋谷で働きました。その次は、財団法人幼児開発協会で、井深大さん(ソニー創業者の1人)のもと、良い人柄の育て方、子どもについての研究をしていました。特に赤ん坊についての研究では、お母さんモニターのレポートをひたすら精査したり、イベントを開催したり、親子教室を開いたり、本当に“人を見る”ということを続けていましたね。井深さんには、とにかく“人を見ろ”と言われ続けました。そして学者や医者のコメントを聞くだけではなく、“あなたはどう思う? どう感じたの? とにかく常識を疑え”とも言われ、常に自身の考えを巡らせていました。

社会人になって間もない時期に、『パルコ』の増田通二さん、『ソニー』の井深大さんといった、天才異才とご一緒できたことは、今思えば財産だったかな~と。

阿部さんはきっと
“コンシェルジュ”の神様から任命された方です

 MD宮崎

では、その2つを経験された後、“コンシェルジュ”に?

 阿部

はい、社会人になって10年が経った頃・・・偶然、電車の中吊りで、横浜のインターコンチネンタルホテルの開業広告を目にして、すぐに電話してみたんです・・・10年経ってもまだ“コンシェルジュ”のことを聞く勇気がなかったので、まずは『まだスタッフに空きはありますか?』って聞いたら、『いや~もう空きは無いですよ。残っているのは“コンシェルジュ”ぐらいですかね』って(鳥肌)

 MD宮崎

お~ようやく“コンシェルジュ阿部さん”の誕生ですね!?

 阿部

そう思うでしょ~でも、その時、私、入らないんです。

 MD宮崎

え~!? 念願の“コンシェルジュ”ですよね?

 阿部

インターコンチネンタルからの正式内定の連絡がかなり遅くて、前職の井深さんのところをしっかりと引き継する時間が取れず、結局断念・・・ホテルとは縁がないんだな~と思いました。

 MD宮崎

どんだけ焦らすんですか!??

 阿部

でね、その年の暮れに、次の転職を考えていた時に、タイミングよく、インターコンチネンタルホテルから電話が入り、『空きが出たので、すぐに来ませんか?』って。
ここで、ようやく“コンシェルジュ”になることができたんです。

 MD宮崎

阿部さんは“コンシェルジュ”になる運命だったんですね~

レ・クレドール国際正会員になった1998年頃の阿部さん(右)

阿部佳流“コンシェルジュ”の醍醐味
カチッと音を立てる瞬間
“きた!”  “これか!”  “分かった私!”

 MD宮崎

“コンシェルジュ”には、奇跡の瞬間、特別な一瞬というものはありますか?

 阿部

“コンシェルジュ”には、奇跡の瞬間はないです(断言)
“コンシェルジュ”は、日々の経験と知識を積み重ねていく職業なので、奇跡的なものへの期待はありません。ただ、自分の中で“カチッ”と音を立てる瞬間は、よくあります。毎日、何百というリクエストにお応えしている中で、このお客様が何を求めているのかがわかりにくいことも多くあり、頭と心をフル回転させ探っている時に、“これか!”と思う瞬間があります。
“きた!”“分かった私!”って、難解が解けた瞬間。
でも、この瞬間も、日々の経験や知識・情報の収集があってこそで、そして自分自身だけでなく、たくさんの仲間、チーム力も大切で、その全てが“カチッ”の瞬間に凝縮されているので。

“コンシェルジュ”を始めて4~5年頃だったかな・・・
情報量の乏しい難解なリクエストにお応えした際に、ホテル内外、たくさんの方に問い合わせをし、協力頂いて、お客様に喜んで頂いたことがあるんです。その結果を協力者にお礼も兼ねてご連絡していると、“よかったね~”と涙を流して喜んでくれた協力者もいて“コンシェルジュ”の役割って、これじゃないかな~っと発見したんです・・・“関わってくれた皆さんも幸せになれる”。自分自身の頑張りも必要だけど、普段の在り方1つで、たくさんの協力者を生み、もっともっと多くの幸せを生むことができるんじゃないか。今では“コンシェルジュ”にはそんな可能性もあると感じています。

 MD宮崎

関わったみんなが幸せになれる・・・これは私の理想で、独立した理由の1つなんです。

 阿部

みんなが幸せになれる・・・理想かもしれないけど、続けていく上ではとても大切なことで。
私、個人よりもチームとして評価される方が嬉しいんです。出来れば私たちの全く知らないところで、あのホテルの“コンシェルジュチーム”、いいよ!なんて言ってもらえてたら、こんな嬉しいことはないですね。

 MD宮崎

“若手コンシェルジュ”や、これから“コンシェルジュ”を目指す若者に何かメッセージはありますか?

 阿部

いつも若手に言うことは“私たちを目指して帰ってきてくれるって、楽しいと思わない?”
まずはプロのチームでプロの仕事をすることの楽しさから感じてほしいかな。

 MD宮崎

最後に、私にダメ出しをしてください。

 阿部

この人は、絶対、諦めない人! 宮崎さんは、絶対、素人扱いしなかった! 絶対、応えてくる!
素人の考えって、しょうがないな~と内心思っていたかもしれないけど、何とか叶えようとしてくれたのは、本当に嬉しかった。
あの時の数々の演出は、レ・クレドール・インターナショナルの中でも、コングレスのお手本として、今でも言われ続けてる。本当に、真正面から真面目に聞いてくれる人だな~と思った。

 MD宮崎

また阿部さんにご指名頂けるように、頑張ります! 本日は、ありがとうございました!!


対談シリーズ

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グランド ハイアット 東京
コンシェルジュ

阿部 佳 グランドハイアット東京 コンシェルジュ

 
テレビ業界のみなさん!阿部さんをドラマ化したら絶対に当たりますよ!
 

 

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